ここ最近のメルマガの繰り返しになりますが、
自分の中で、ストンと腑に落ちた感覚がありました。
これまでずっとコーチングをやってきたし、教えてもきたし、言葉としても理解していたはずなんですが、「そういうことか」と、身体感覚でつながった感じです。
私があらためて気づいたのは、
コーチングにおけるフィードバックについてでした。
フィードバックというと、コーチから何かを伝えること、指摘すること、返すこと、そんなイメージを持たれがちですが、本質は、そこじゃなかったなと。
コーチングのフィードバックって、
・話をしてもらうこと
・言葉にしてもらうこと
・自分の考えを外に出すこと
そのものが、すでにフィードバックなんですよね。
コーチング自体がフィードバックなんだなって
話しているうちに、
「あ、そうか」
「自分、こう思ってたんだ」
と、本人が気づいていく。
コーチは何かを教えるというより、気づきが起きる場を整えているだけ。
(もちろん、必要なことは伝えます)
そして、そのためにあるのが質問なんだと思います。
答えを引き出す質問というより、
自分の中を見に行くための問い。
自分でも見えていなかった前提や、無意識に決めていたことに、そっと光が当たる。
これも、フィードバックの一部なんですよね。
ただ、ここで大事なことがあります。
どれだけ話しても、どれだけ問いを立てても、行動していなければ、気づきは生まれにくい。
行動してみて初めて、
・思ったより反応がなかった
・なぜかモヤっとした
・楽しかった/しんどかった
そんな感覚が生まれる。
この「感覚」こそが、コーチングで扱うフィードバックの材料。
だから、行動するために
目標が必要なこともあるし、
決めることが必要な場面もある。
目標は、達成するためだけじゃなく、
動くためのきっかけ。
決めることは、縛るためじゃなく、
試してみるための仮置き。
今までやってきたことだし、講座でもずっと伝えてきたことなんですが、
最近、
「全部ここにつながってたんだな」
と、あらためて腑に落ちました。
何となくお掃除ロボットのルンバを思い出します。
進んで見て、ぶつかって、障害物があることを覚えて、また、次の道に進む
動くから前に進めるし、ぶつかるから、方向を変えることができる。
動かなかったらぶつからないけど、ずっと掃除できませんからね。
コーチングって、
・行動を促すものでもなく
・失敗を美化するものでもなく
・正解を教えるものでもない
行動の結果を、フィードバックとして受け取れるようにする対話なんだと思います。
そして、そのフィードバックは、コーチから与えられるものではなく、本人の中から立ち上がってくるもの。
もし今、
「コーチングって何なんだろう」
「意味あるのかな」
と感じている方がいたら、
無理に答えを出さなくて大丈夫です。
まずは、
小さく動いてみて、その結果を、誰かと一緒に眺めてみる。
コーチングは、そのための場なんだと思っています。